地球ゲ―ムを楽しもう♪

目を覚まして生きていく

誰かの安心のための人生

皆さんは自分の人生を誰のために生きていますか?

自分でしょうか?

家族でしょうか?

それ以外の大切な人でしょうか?

私は自分のためですが、その自分のための中には家族も含まれています。

私は結婚していて、夫と息子と義理の母がいます。一人で生活しているわけではありません。

今の私の生活が成り立っているのは相互に支え合っているからです。

だから自分のための中には家族も含まれています。

でもそうは言っても譲れない部分もあります。

今から3年ほど前のことですが、判断を誤って後悔したことがあります。

息子に関することで、私とは異なる考えの義理の母の考えというか、要望を受け入れたことで後悔したことがあります。

その要望を私に呑ませるために義理の母が言った言葉は、「○○させてやってほしい。○○しないと私が心配なのよ。」でした。

義理の母は自分が心配する気持ちを解消して安心したいから、受け入れ拒否していた私に上記の言葉を言って自分の要求を通すことに成功したわけです。

上記の言葉は言われた人に強い罪悪感を植え付けます。

私は罪悪感を感じました。

義理の母にこんなにお願いされている。

心配だからお願い、と言われているのに断ったらいかにも私はひどい人のように感じてしまうような状況です。

正直言ってこれはずるい、卑怯なやり方です。

この時の私は、自分の考えは変わらなかったけれど、義理の母を安心させる方を選んでしまいました。

もうそのことを根に持ったりはしていませんが、この時以来、私は誰かの安心のために自分の考えを捻じ曲げることはしないと決めました。

その一件以来、義理の母から同じようなことは言われていません。

それ以外にも色々とあり、家族として支え合いつつも境界線を引くことを学んだので、今後同じ間違いをしないようにしたいと思っています。

我が家は同居しています。

一年に一度か二度、数日間だけ顔を合わせる仲ではありません。

ですから表面的な優しさだけではやっていけないのです。

それでは大切なものを守れません。

お互いを尊重することはとても難しいことです。

世代間の価値観の違いに加え、個人個人の価値観の違いもあります。

ここまで読んで、義理の母がとても意地悪そうな人だと思った方がいるかもしれませんがそれは違います。

意地悪どころか、とてもいい人です。 

でなければ同居なんてできません。

でも人には皆、良いところも悪いところもあります。それはお互いさま。

そう思えば、少々のことは気になりません。

大事なのは、自分がしっかりすること。

相手を打ち負かす必要はないけど、いざという時にエネルギーを引いてはいけないんです。

私が後悔したのは、私のせい。

自分のエネルギーを引いて、最終的に義理の母の要求を受け入れることを決めたのは私。

このことは私にとって大きな学びになる出来事でした。

 

「誰かの安心のための人生」を送って後悔することのないようにしたいです。