地球ゲ―ムを楽しもう♪

目を覚まして生きていく

知識よりも大切なもの

人間は一応この地球上では食物連鎖の頂点に立ち、発達した脳みそを活かして様々な文明を築いては滅亡する…ということを繰り返している種です。

人間が人間たる所以は、本能を理性でコントロールしながら、「知性」と後からもたらされた「知識」によって繁栄してきたという点にあると思います。

「知性」と「知識」

似ていますが、明確な違いがありますね。

「知性」は物事を知り、考え判断する能力。

「知識」は知る、認識する、理解すること。

「知性」は、時間の経過や経験とともにより磨かれていくことはあると思いますが、基本的には最初から備わっている能力だと思います。

一方で「知識」はゼロの状態からコツコツ積み上げるもの。

現代文明の中で生きる私たち人間がより良く生きていくためには、「知性」と「知識」の両方が必要です。

ですが、いつの頃からかは分かりませんが、人間はだいぶ知識偏重の生物になってしまったような気がしますね。

皆さんはどうでしょうか?

知識はより多いほうがいいに決まっている

情報はたくさんあるに越したことはない

そんな風に思っていませんか?

もしもこう思っているとしたら、一旦ブレーキを踏んで立ち止まり、自分が持っている物や情報を整理したほうがいいかもしれません。

極論を言えば最低限の衣食住が確保されているならば、物も知識も情報もなくても死にません。

でも「知性」はあったほうがいいです。

もしも物、知識、情報、知性の4つの中から1つだけしか得られない状況だったら…私は「知性」を選びます。

長期的な視点で見たときに、自分を一番助けてくれるのは「知性」だと思います。

人から助けてもらうにも、理解されるにも、信頼されるにも「知性」が必要です。

例えば誰かを本気で説得したいと思った時に一番大切なのは、知識ではなくコミュニケーションや会話を通じて信頼関係を築くことだと思います。

知識や情報を駆使して自分の主張をストレートに伝えても反発をまねくだけです。

どんな主張にも完全なる正義はないです。

正義はないんですから、正解は人それぞれ。

にも関わらず、自分の考えに対する理解や共感が欲しいと思うのなら、信頼されるに値する「知性」が必要だと思います。

「知性」を持つ、磨く、というのは自分は素晴らしい、人間は素晴らしいと賛美することではないと思います。

むしろ逆でまずは、

自分は何も知らない存在だと、

愚かな存在だと、

ありのまま受け止めることだと思います。

言葉で表現しようとすると、きつくなってしまうので難しいですが…。

私は自分のことが好きですよ。

人間に生まれてよかったです。

でも自分も愚かな人間の一人だという自覚があります。

だからあーだこーだ言いながら、少しでもましな人間になれたらいいな…と思っています。

そう思うところからが知性を磨くためのスタートだと思います。

自分をあんな極悪人と一緒にするな。

自分はあいつよりよっぽどましな人間だ。

自分は心から世界の平和を願っている。

こんな風に自分を善側において、悪役を批判していると気持ちがいいかもしれません。

でもこうやって、自分とそれ以外を分離して考えている限りはきっとこの世界は変わらないんだろうなと思います。

人の意識を投影したものがこの世界だと思います。

だとしたら自分にも責任の一端はある…。  

光と闇は背中合わせです。

分けて考えてしまうと、いつまでも世界は一つになりません。

 

さて、自分にできることは何でしょうか?