地球ゲ―ムを楽しもう♪

目を覚まして生きていく

維持と成長

自分自身のことを評価するとき、現状維持している自分と成長している自分、もしくは後退している自分などを感じて喜ぶ、もしくは落ち込むことが誰でもあると思います。

人は生まれた時からある一定の年齢まではあらゆることが右肩上がりに成長するケースが多いと思います。

五体満足に生を受けて、家庭環境もさほど問題なければ順調に成長するものです。

でも体の大きさなどはある一定でストップするし、基本の人格形成もほぼほぼ10代のうちになされると思います。

もうすでに20代の頃にはピークアウトしてしまう能力もあります。

つまり頂上がなくずっと成長し続けるということは、基本的にはあり得ないということ。

でも人は成長し続けることを望む人が多いし、成長することこそが良いことだと思いがちです。

でも年齢を重ねるごとに、成長=必ずしも良いこととは限らないと思うようになりました。

頑張れば成長する…というのは何でも右肩上がりの時期の若い人の発想です。

私は40代ですから、人生100年時代と言われるようになった今では40代なんてまだまだヒヨッコ…全然若いよと思う人生の先輩方もおられるかもしれません。

確かにまだまだやれることはたくさんあるし、十分伸びしろがあると思います。 

 

でもただ成長し続けることを目標に掲げてしまうと、行き詰まるのが目に見えています。

私は趣味で弾いているピアノをちょうど2年半前に再開しました。

これまでモチベーションが下がることなく、地道に積み上げています。

私は受験勉強以外でこんなに一つのことを頑張ってきたことは今までにありません。

飽きっぽい性格で、興味を持って何かに取り組んでも三日坊主になることばかりでした。

でもピアノだけは違いました。

何かスイッチが入ったような感覚です。 

昔は基本練習嫌いでしたが、今は練習大好きです。

何に対しても情熱を持てない…つまらない…そう思って絶望に近いような気持ちの時期がながく続きましたが、ずっとそばにあったピアノが大好きなことに気がつけた時は嬉しくて涙が出ました。

すごく大げさかもしれませんが、生きる希望を見つけたような気持ちでした。

でもブランクが20年近くありますから、最初の頃はその時間を取り戻すためにがむしゃらに練習しまくりました。

一日6時間ぐらい練習する時期がしばらく続きました。

でもそれはながくは続かなかったです。

体が悲鳴をあげました。

自分の今の状態や年齢的なことなどを無視して、頑張れば成長できると思っていたので加減がわかっていなかったんですね。

今はだいぶ長時間練習にも耐えられるようになりました。自然とピアノ筋とやらもついてきたと思います。二の腕に力こぶができるようになりました(笑)

私は音大も出ていないし、音楽の専門知識もなければ、人に教えられるような経歴も持っていません。

でも好きなのです。

必死に続けたところで、素人の趣味の範疇を越えることや金銭を稼ぐことに何らつながらないかもしれません。

でも私にとっては自分に与えられた時間とエネルギーを存分に注ぐ価値のあるもの。

時々思うんですよ。こんなことしてないで、外に出て働くか、自宅にいるにしてもお金につながるようなことに力を注いだほうがいいんじゃない?

生きるにはお金が必要なんだよ…と。

でも今の私は将来の不安は横に置いて、自分の心に従っています。

それが出来るのは支えてくれる家族のおかげでもあります。 

とてもありがたいことだと思っています。

話が脱線したので、戻します。

ピアノに限らずですが、何かの技術って常に磨いていないと現状維持することすら難しいものだと思います。  

成長しなければいけないと思っている人にとっては、現状維持していることは全然すごいことには感じられないかもしれません。

でも私は、維持し続けていることはすごいことだと思います。

となると身体や心を壊してまで頑張る、成長することにこだわるのは間違っているなと思いました。

こういう場面で「足るを知る」という考え方ができると、向上心を持ちつつも年齢や自分の状態に応じたやり方で自分の能力を深めていくことができるのだろうと思います。

成長することが良いこと。

成長して当たり前。

人間は成長するために生まれてきた。

これは当たっているようでいて間違っている…正確に言うと反対のような気がします。

元々、その人が持つべきものは最初から備わっている。

「ない」を「ある」にするのではなくて、「ある」ものを「引き出す」こと。

生きている間にどのくらいたくさん引き出せるか、それは人それぞれ。 

たくさん引き出せた人は、たくさん成長しているように見えるだけ。

元々あるんだという捉え方をすると、成長する人はすごくて、そうじゃない人はだめという考えには至らないと思います。

後退でも維持でも成長でも、自分の本質は変わらない。

自分がどうしたいか、ただそれだけだと思います。

生きることを深刻に考えてしまうと、もっと成長しなくてはいけない、とか魂を磨かなければいけないとか、苦しい方向に行ってしまいます。

私は生きることを苦行にはしたくありません。

修行する必要もないと思っています。 

 

ゼロから積み上げる「苦行」ではなく、もうすでに自分の中にあるものを見つける「宝探しゲーム」だと思って生きていきたいです。