地球ゲ―ムを楽しもう♪

目を覚まして生きていく

一貫性があるのは良いことか?

一貫性とは、最初から最後まで同じ主義や方法を貫くこと、矛盾がない状態であることです。

一貫性があったほうが良いかどうかは、一言で言えば時と場合による…と思います。

例えば国とか大きな組織の単位でころころと方針が変わるようなことは、大きな混乱を招いてしまうのでよくないですよね。

だからといって時代に合わなくなっているのに旧態依然としたやり方を貫くのも問題があります。

個人単位においても、周囲との人間関係の兼ね合いもありますから基本的には同じだと思います。

でも個人の場合は、もっともっと柔軟でいいじゃん!と最近は思うようになりました。

自分で言うなよ!と言われるかもしれませんが、私は几帳面で真面目なタイプ、学生時代は模範的な真面目生徒(←ちょっと言い過ぎかもしれませんが)でした。

そして今はだいぶ衰えてきてますが、記憶力もけっこういいほうなので自分や他人の過去の言動をよく覚えています。

だから矛盾した言動にはけっこうすぐに気が付きます。

これがけっこう厄介なのです。

人との会話でもブログを書いていても、自分の矛盾点が気になってしまって発言に自信が持てなくなってしまうことが多々あります。

なぜ矛盾点がそんなに気になるのかというと、一貫性のある考えや生き方をするほうが良いし、人からも信頼される…という思い込みがあるからだと思います。

一貫性がある…というのを別の言葉に置き換えてみます。

「自分軸で生きる」

ここ数年で自分軸という言葉を非常によく耳にするようになりました。  

「自分軸で生きる」人ってどんなイメージを持ちますか?

私は、軸の中身は人それぞれだけど、その軸を元にブレずに生きていくことが自分軸で生きることだと解釈していました。

だから自分の中の矛盾に気づくたびに、「これじゃだめだ!」「まだまだ自分軸が確立されていないんだな」なんて思ってダメ出ししていました。

でも人は時間の経過とともに変化するものです。

新たな知識を得たり経験をすることでも変化をします。

ということは、軸となる考え方や信念だって揺れ動いたり、破壊されて新たな軸を打ち立てることだってあるに決まってます。

軸を持つことは「自分の」人生を生きるために必要だとは思います。

でも自分の変化を無視して、既存の軸に知らず知らずのうちに執着しているとしたら、それは他人軸で生きているのと変わらないです。

だからこれからは、良い意味で矛盾している自分を好意的に受け入れていこうと思います。

過去に間違っていたと思うのなら、素直に訂正したり謝ればいい。

考え方が変わったのなら、昔は○○だったけれど、今は○○という考えに変わりましたと言えばいい。

一貫性がなくてもいい。

ただ嘘はつきたくない。

その時その時の自分にとっての真実に正直に向き合い生きていく。 

自分軸で生きることは、ブレないことではない。

むしろその逆。

迷いや葛藤は、自分軸で生きたいと思うからこそ生まれる。

 

私はこれからも、ブレながら迷いながら葛藤しながら生きていく。