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目を覚まして生きていく

父の日に感じたこと

6月19日は父の日でしたね。

以前母の日の時に書いた記事の中で、母は小学生の時に亡くしたことを話しましたが、父はまだ健在です。

他県に住んでいますが元気にしているようです。

ようです…というのはもう丸々3年ほど会っていないし、電話も年に2回くらいしかしないからほとんど様子が分からないのです。

父は父なりに娘を愛してくれている…とは思うのですが、昔からずっと自分は父母兄姉とは縁が薄いなと感じています。

不仲ならまだ分かりやすいのですが、そうではなくて縁が薄いのです。

父の日には毎年贈り物はしていて、荷物が届くとお礼の電話がかかってくるので、その電話で元気かどうか確認しています。

もっと頻繁に電話すれば?と思うかもしれませんが、父はすぐに話を終わらせて雑談とかをしないので用もないのに電話はしないんです。

だから贈り物をすることで電話をする口実を作っているようなものです。

そして今年も電話がかかってきました。

今までは息子の顔を見せるために夏休みに毎年泊りがけで会いに行っていましたが、例の疫病が始まってからは一度も会っていません。

父の日の贈り物のお礼の電話がかかってくると、その時に夏休みに遊びに行っていいかどうか?をいつも確認していました。

ここ2年は無理だろうとはじめから分かっていたので、何も言いませんでした。

でも今年はそろそろいいんじゃないか?と思って

宿泊はしないけど、日帰りで2~3時間くらい滞在するくらいだったらどうかな?みたいな感じで聞いてみました。

父の返答は、例の疾病(←父はこんな言い方はしません)が終わってからでいいよ…と言い方はやんわりですが、まぁ断られました。

この反応は想定内だったのでさほど驚きはしませんでしたが、がっかりしました。

終わったらって…誰がどうやって判断することなんでしょうね。

義理の母も似たようなもので、まだ終わらないから…終わったらね…と言って行きたいところにも行かず、やりたいこともやらずに過ごしています。

正直、もういつお迎えがきてもおかしくない歳なんですよ、二人とも…。

昼間にした電話のことを夜に思い返していたら、もしかしたら元気な姿の父と会うことはもうないかもしれないな…という思いがふとよぎりました。

この疾病によって与えられた恐怖心は、私が想像する以上に私の父や義理の母など高齢者と言われる世代の人の体と心の自由を奪っている…3年…長いですね。

父に断られたことは、想定内。

でも夜思い返した時、何とも言えない悲しい気持ちになりました。

例の疾病などという回りくどい言い方をするのは、私がその言葉を口にしたくないからです。

この問題をめぐる対立や分断を体験したので、もう距離をおきたい。

父は元気にしていると言いましたが、やはりもう高齢です。喋り方も返答の仕方も以前とは違ってきているな、と感じました。

私は何も出来ません。

元気でいてほしいと願うだけです。 

しんみりした話ですみませんでした。

 

いつ何があるかわかりません。

大切な人に会える状況の方は、いつかそのうち…と言わずに会って大切な時間を過ごされたらいいんじゃないかと思います。