地球ゲ―ムを楽しもう♪

目を覚まして生きていく

変化と進化

先日、最近気になる言葉として「気遣い」と「心遣い」の記事を書きました。

今日はもう1つの気になる言葉として「変化」と「進化」について思うことを書きたいと思います。

ここ2~3年で私は、180度とまではいかないかもしれませんが、相当内面が変わりました。

先日の「自分に寄り添うノ―トを読み返してみた」の記事では、トンネルを抜けた話をしました。

トンネルの中にいた時と、抜けて視界が明るくなった今とこれから先…同じじゃないよね?

何が変わる?

変わる…そう私は少しずつもがきながら変化してきたんです。

変化した結果、自然と大丈夫だと思えるようになった。

だったらもう変化は終了してる。

次は何?

進化じゃない?

と、こんな風に思ったわけです…。

単純ですか?(笑)

もがいていた時の私は、自分に対する無価値感と虚無感の気持ちでいっぱいでした。

何だか借り物の人生を歩んでいるような感じで、本当に自分の足で大地を踏みしめて生きている!そんな実感がなかったです…。

母として妻として嫁として、自分には役割がある、それで十分じゃないか、それ以上望むなんて贅沢だよ…今のままでいいじゃない、

と言い聞かせたところで納得できず…。

母、妻、嫁である前に、私は私。

私にとって家族は大切な存在です。

でも実は私は1人でいる時間が一番好きなんです。

自分がただの自分でいられるから…。

また、社会情勢の急激な変化により、世の中を見る目が180度ひっくり返って、急に生きづらくなりました。

2020年はまさに人生の分岐点でした。

次々に発生するトラブルに対処するうちに、次第に何の肩書きも役割もないただの自分を生きたい!という自分の気持ちに本気で向き合うようになりました。

外側で起こるトラブルに誠心誠意を持って全力で対処するけれども、どうにかしようとはしない、なるようにしかならない、そんな心持ちでいられるようになったら、運命の輪が良い方向に回りはじめました。

私は家族のために生きていればそれでいい、それが幸せだ、と無理矢理に思うのはやめました。

家族も大切ですが、その前に1人の人間としてもっと輝きたい!

その気持ちに正直になろう。

スマートじゃなくていい。

まだまだ間に合う、今から思いっきりあがいて私を生きよう。

そう思うようになって、今に至ります。

今までは、変化を繰り返してきました。

でも私はもう十分変化した。

だからこれから先は進化する、という意識を持とうと思いました。

変化と進化、傍から見たら同じようかもしれませんが、自分的には全然違います。

変化は、今が不十分だから改善したい。

進化は、今すでに十分満たされているけれど、さらに高みを目指したい。

自分では、変化と進化をこんな感じで捉えています。

自分の過去を振り返ってみて思うことは、

変化したいと強く思っていた時は、世の中や自分に対して絶望、失望している時だったなということ。

進化したいと思っている今は、未来に希望を見出だそうとしているということ。

このように心持ちが全然違います。

人生色々あるけれど、もっと生きることを楽しみたい。

だからここまで変化できた自分にまずは合格点をあげたいです。

人生はパラパラ漫画のようなもの。

点と点が無数に連続して繋がっているようにみえるだけ。

意識次第で次の一瞬を塗り替えることもできる。

進化するというのは、自分の意識で次の1ぺ―ジを望みの絵柄にデザインしていくということ。

これからの自分のテ―マは、「進化する」です。

 

 

 

 

「自分に寄り添うノ―ト」を読み返してみた

2ヶ月以上前になりますが、「自分に寄り添うノ―ト」という記事を書きました。

音声配信をはじめたり、色々な心境の変化もあり、最近はノ―トを書かなくなっていました。

でも先日ふとしたきっかけで、久々にノ―トを開きました。

stand.fmでフォローしている方の配信で、自分が落ち込んだ時に元気になれるものがたくさんあると救われるよね!

だから好きなものを書き出してみたら60個あったよ!っていう話でした。

面白そうだからやってみよう!と思い、何に書き出そうかな?って考えた時に、ノ―トの存在を思い出して書き出してみました。

20個ぐらいしか書けなかったので、これはまた別の機会に書き出してみようと思います。

ついでに過去に書いた文章を読み返してみて大きな気づきがあったので、ブログに書きたいと思った、というのが今日の本題です。

まず、読み返して1人で大号泣しました…。

悲しくて泣いたんじゃなくて、嬉しくてです。

読み返すまではすっかり忘れていた当時の記憶と気持ちがよみがえりました。

でももうそれは過去のことで、今の自分はそこから抜けて先に進んでいますから、涙を流しつつも爽快な気持ちでした。

そして、辛い気持ちを吐き出す自分に、もう1人の自分が全てを肯定して受け入れ、励まし褒めまくるという設定のノ―トなので、たくさんの応援メッセージが書かれていました。

あ~、自分こんなこと書いてたんだ…

随分いいこと言ってるじゃん!って思いました(笑)

ノ―トを読み返して思ったこと。

またそのうち辛いことが起きて、泣きたくなる日がくるかもしれないけど、そうしたらまたノ―トに書けばいい。

2ヶ月前に書いた辛い気持ち、読み返すまですっかり忘れていた。

いつの間にか乗り越えていた。

だからまた辛いことが起きたとしても、きっと乗り越えられる。

だからこの幸せはいつまで続くんだろう?とか、なくなったらどうしよう?とか考えるのはやめよう。

私はもう大丈夫なんだ。

これで私は一区切りついて、次に行けると思いました。

人生はまだまだこれからも続きます。

楽しい嬉しいことだけでなく、辛いことや悲しいことも起こるでしょう。

今はまだ、一つトンネルをくぐり抜けたに過ぎません。

でもそのトンネルを抜けたことで、視界が大きく広がりました。

日本はとても安全で恵まれた国だと思います。

でも自ら人生を終えてしまう人、心の病を抱える人がものすごく多い国です。

何かが間違っているんだと思います。

子どもが憧れるような、キラキラ輝いた大人は一体どれくらいいるでしょうか?

置かれた環境や立場は様々ですから、自分の視点からだけで物を言うことはできませんが、

何でもっと楽しく生きられないんだろうか?

何で生きることが苦しいのが当たり前で、苦労しているほうがより偉い…的なおかしな美徳がまかり通るのか?

そのことに心底疑問を持って、まずは大人が自分の本当の人生を取り戻していく。

そういう大人が増えたら、世の中はもっと軽くなっていく。

だからちょっと出遅れたけど、私も私の本当の人生をこれから取り戻していきたい。

ノ―トを読み返して、改めてそう思いました。

最後に、ノ―トに書いてあったこれからも忘れずにいたいと思った言葉を書いて締めます。

 

素のあなたが一番輝いているよ!

素で輝ける人になろう!

 

 

 

 

 

気遣いと心遣い

今日は、最近気になる言葉について少し考えてみました。

その言葉とは、「気遣い」と「心遣い」です。

どっちも似たような意味なので、普段自分が人に対して行っているのが「気遣い」なのか「心遣い」なのかちゃんと認識している方は少数ではないかと思います。

どちらも人に対する思いやりを表す行為ですから、どちらが良いとか悪いの話ではないです。

でもちょっと深掘りして考えてみると、対人関係において自分がどういう心理状態で接していて、それが双方にどんな影響をもたらすかについて明確にするヒントになるのでは、と思います。

以下は辞書的な言葉の意味とは関係なく、「気遣い」と「心遣い」に対して私が個人的に抱くイメージです。

「気遣い」

疲れる 

損得感情に左右される

上下関係に影響を大きく及ぼす

片想い

「心遣い  」   

疲れない (疲れにくい)  

自分の心が満たされる

上下左右のない対等な関係

両想い

ざっくりと簡単にですが、イメージとしてこんな違いを感じます。

片想い・両想いは恋愛に例えると分かりやすいかな、と思って加えました。

このキ―ワ―ドで比較してみた時、自分はどっちの割合が多いと思いましたか?

相手によってうまく使い分けているパターンもあれば、どちらかに偏っている場合もあるかもしれませんね。

他人との境界線を引くのが上手な人は、バランスよく使い分けていると思います。

自己犠牲的な人、もしくは対人関係を損得で考える傾向が強い人は、「気遣い」をする割合が多いかもしれません。

「心遣い」できる割合の多い人は、自分にも他人にもきっと優しい人が多いんだと思います。

「心遣い」は、する方もされる方も嬉しいですし、自分の気持ちに正直に従うわけですから自分に優しくしていることと同じです。

そしてそれが本当の「心遣い」ならば、いつか誰かから自分に対して「心遣い」が返ってくるはずです。

しかし、「気遣い」にしろ「心遣い」にしろ、残念ながら無視されたり、投げ返されたりすることも時にはあると思います。

その時は、TPOに応じた大人の対応で自分を守ればいいと思います。

ここで無理をして自分をいじめると心を病んでしまいます。

他者と調和して生きていくために、「気遣い」「心遣い」を上手にできる人になりたいです。

もしも自分を取り巻く人達が「心遣い」したいな!って思える人ばかりだとしたら、とてもハッピーですね。

そういう人間関係は温かい気持ちが常に循環しているので幸せにきまっています。

今まで相手との関係性や先入観から、最初から「気遣い」をして接していた人に対して、「心遣い」で接してみたら、もしかしたら関係性が変わるかもしれません。

「気」より「心」を遣われるほうが嬉しいはずですし、「心」で接したら相手もきっと今までと何か違うな…と気がつくと思います。

幸せの循環を生み出したければ、まずは自分からそのスタートをきろう!

いつの間にか、そういう思考になっている自分に気がつきました。

これは嬉しい変化です。

閉ざしていた心の扉が少しづつ開放されてきています。

 

このブログでも、文字を通じて自分の「愛」なんて言うと、大げさで嘘っぽく聞こえるかもしれませんが、そういった気持ちを届けていきたいと思います。

 

 

 

 

大河の一滴

大河の一滴

平成10年(1998年)に刊行された五木寛之さんの随筆です。

 

今日の記事のタイトルにしたのに、私はこの本を読んだことがありません。

すみません…先日、考え事をしていた時にどこかで見聞きしたことがあるであろう「大河の一滴」という言葉がふと頭に浮かんだのです。

先日、「右とか左を越えた世界」という記事を書きました。

その中で自分の思いは水面に広がる波紋のように浸透していくから、自分の理想の現実を思い描こうというようなことを書きました。

水面に広がる波紋を頭の中でイメージしていた時に、「大河の一滴」という言葉が浮かびました。

自分の思いというのは、大河に落ちる一粒の水滴と同じだなと思いました。

誰かと誰かの波紋同士がぶつかって、そこで混じり合う。

それが共鳴する、シンクロするというような現象を引き起こす。

至るところで共鳴、シンクロが重なりあうように起こると、まるで大輪の花が咲いたようにどんどん広がっていきます。

波紋が広がるとは、1つの出来事から多方面に影響が及ぶことです。

良いことも悪いことも影響が及びますから、1人1人の意識の在り方が集合的無意識に大きな影響を与えます。

だからやはり1人1人の思いは大切です。

もしもこの広い世界の中から自分1人を見つけなければならないとしたら…

物理的な肉体としての自分は、顕微鏡で観察しないと見つけられないくらいの微小な存在と同じぐらいに発見するのが困難な存在です。

でも肉体は、この3次元で存在するための仮の器にすぎず、命そのものではないはず。

だから物理的な大きさは関係なく、この世界に存在している以上は全ての存在が影響力を持っていると思います。

例え誰も聞いていなかったとしても、自分が天に向かって投げた思いは見えない領域のエネルギー場のようなところに影響を与えているはず…。

だからこんな隅っこブログで呟いている思いも、必ず意味があると思って発信を続けています。

そして皆さん、それぞれ自分の人生を懸命に生きていらっしゃると思います。

ブログやその他のツ―ルを利用して自分の思いを発信している方に、見てるよ!聴いてるよ!応援してるよ!という気持ちを送りたいな、と日々思っています。

ブログを通じて繋がってくれている皆さま、いつもありがとうございます!

 

自分の「大河の一滴」を大切に育みましょう!

 

 

 

 

 

 

ブログ開始から半年経過しました

今日でちょうど、ブログを開始してから半年が経過しました。

毎日投稿した最初の3ヶ月。

それまでのやり方や記事の内容に違和感を感じて、100記事に届きそうだったものを約半分削除。

少しお休みして再開。

1日おきの投稿に変えて少し気持ちが楽に。

今は2日おきに変えてさらに気持ちに余裕を持つことにしました。

今日は本当はブログをお休みする日だったのですが、ちょうど半年だったので投稿しました。

半年の間に色々な気持ちの変化と成長があったと思います。

私にとっては更新の頻度はさほど重要ではありません。

自分が心地よいペースで、自分の思いを発信する場を持ち続けることが目的です。

他人のやり方や自分の今までのやり方に固執することなく、その時々でベストだと思うやり方をしていきたいと思います。

いつも似たようなことばかり言っていますが、私が言いたいことって多分ほんのちょっとのことなんです。

すごく単純なんです。

根っこはみんな同じ内容。

それをその時々に思いついた言葉で記事にしているだけです。

これからも多分同じようなことを言い続けるんだと思います。

それでも読み続けてくださる読者の方がいるというのは、ありがたいことです。

ここまでゆるゆるとですが、続けてこられたのも読者の皆さまのおかげです。

ありがとうございます。

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

 

母の日の思い出

5月8日は母の日ですね。

皆さまは、毎年プレゼントやお花など送られていますか?

私は、実の母は小学生の時に病気で亡くしています。

だからきちんとした母の日のプレゼントを送った記憶がありません。

今は義理の母にお花を毎年プレゼントしています。

母の日に限らずですが、プレゼントを送る相手がいるって幸せなことですよね。

私が母の日で、うっすら記憶に残っているのは多分幼稚園時代のことです。

普通は、自分のお金でこっそりプレゼントを用意したり、お金がなければ手作りのプレゼントや肩叩き券(←こういうの、懐かしいですね)を渡したりするものだと思います。

でも私はなぜか母と一緒にス―パ―に行った時に、母の日のプレゼントを何か買いたい!と母本人に言って困らせた記憶があります。

そして駄々をこねた結果、幼稚園児の私はお金を持っていませんから、母の日のプレゼントを、母本人がお金を出して買うという訳の分からない状況を作り出してしまいました…。

昔の記憶なので曖昧ですが、多分合っているはず…。

私の母はかなり若くして亡くなりました。

寿命は遺伝で決まるわけではないだろう…と思いつつも、自分が母の年齢を越すまでは何となく心配していました。

私は今、母が亡くなった時の年齢です。

息子は、私が母を亡くした時の年齢を越えています。

とりあえずここまで健康に生きてこられて感謝しかありません。

私の母は、未成年の子ども3人を残して早くに逝ってしまいました。

きっとすごく辛くて心残りだったのではないかと想像できます。

若いからといって、当たり前のように明日も明後日もあると思って生きるのではなく、いつ逝っても後悔しないように生きる、という

意識を頭の片隅にでも持っておくことは大切だと思います。

 

 

誕生日や母の日などのイベントは、面倒に思うこともあるかもしれませんが、いなくなってしまったらもう祝ったり、感謝の気持ちを伝えることも出来なくなります。

だからご両親がまだ健在でいらっしゃる方はぜひちょっとしたプレゼントとともに、ありがとう!の気持ちを伝えていただきたいな、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行き当たりばったりの休日

皆さん、連休はどのように過ごされていますか?

長期休暇の方もいれば、お仕事の方もいるかと思います。

我が家はカレンダー通りのお休みです。

ですが、ようやく昨日になってお出かけらしいものをしました。

連休初日の4/29は近隣のロ―ソンを車で10店舗まわりました。

うちの息子は「星のカ―ビィ」が大好きなのですが、ロ―ソンの指定された店舗限定のグッズがどうしても買いたいということで、ロ―ソン巡りをしました。

人気があるらしく、9店舗までは全滅。

もうこれで売り切れだったら諦めようとして訪れた10店舗目で、奇跡的に残り1つの商品を買うことが出来ました!

4/30は息子の部活動(吹奏楽部)がありました。

5/1は同じ市内の公立中学校の吹奏楽部が集まる演奏会があったので、聴きに行きました。

1年前は、色々な行事が中止になったり、開催されても保護者は参加出来なかったりして子どもたちの活躍の場面を見ることが出来なかったので、今回は頑張っているところが見れて良かったです。

5/2は平日なので学校がありました。

私はというと、普段はほとんど行くことのないコメダ珈琲に行きました。

目的は人生初のシロノワールを食べるためです。

シロノワールといえば、コメダ珈琲の人気メニューです。

いくらでも食べる機会はあったはずですが、今まで食べたことがなかったので初挑戦してみました。


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デニッシュパンの上に乗っているのはアイスクリームで、ここにシロップをかけて食べます。

美味しかったです!!

そして昨日5/3にようやくまともなお出かけをしてきました。

とはいっても事前の計画は何もなし。

そういえばずっと前から息子が「カ―ビィカフェ」に行きたいと言っていたので、東京スカイツリータウンソラマチに行ってきました。

残念ながら、カフェは完全予約制で5月いっぱい全て予約が埋まっていたので、カフェに併設されているグッズ販売店「カ―ビィカフェ  ザ・ストア」でのお買い物が目的です。

すごく行列していて、並んで買い物してお会計が終わるまで1時間半くらいかかりました。

疲れましたが、この時点でこの日の目的の8割は達成したので良かったです。


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東京スカイツリーです。


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明日はこどもの日ですね。

鯉のぼりがたくさん泳いでいました。

お買い物が済んだら、スカイツリーを後にしてそのまま歩いて浅草に向かいました。

ちょうどお昼の時間だったので、浅草の浅草寺付近のお店で、鹿肉のカレーを食べました。


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その後、浅草仲見世通りを散策して浅草寺にお参りしました。


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屋台もたくさん、人もたくさんで賑わっていました。

散策に疲れたあとは、甘味処でクリ―ムあんみつをいただきました。


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久しぶりに活気溢れる雰囲気を体験し、お腹もいっぱいだし、大満足でした。

予定ではこの後、上野のアメ横に行って買い物しようと思ってたんですが、ここまででかなり疲れてしまったので、帰路につくことにしました。

いつもは移動はほとんど車ですが、都内に出かける時は道が混雑するし駐車場も高いので久しぶりの電車でのお出かけでした。

昨日たくさん歩いたので、今日はゆっくりお休みです。

 

今日は珍しく写真だらけの記事でした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。