地球ゲ―ムを楽しもう♪

目を覚まして生きていく

自分を素敵にすることに忙しくなろう

愚痴や文句が多い人は煙たがられますね。

悪口が大好きな人も影では嫌われますね。

世の中、忙しくててんてこ舞いの人もいます。

忙しい人は余計なことを考えたり、余計なお世話をする時間がありません。

愚痴や文句や悪口をたくさん言えるということは、時間に余裕がある羨ましい状態だということになります。

せっかく時間に余裕があるのなら、自分を素敵にすることに忙しくなると本人も周囲の人間も皆幸せになりますね。

人のことは放っておいて、自分が素敵に幸せになっちゃえば、自然と人から一目置かれたりお近づきになりたいと思われます。

愚痴や文句や悪口で承認欲求を満たすことから卒業できると、本当に他人のことはあまり気にならなくなります。

だからおせっかいはやめて自分に集中すると回り回って、世界平和が実現するなんていうことも夢ではないかもしれませんね…。

世界平和はさすがに言い過ぎでも、自分の射程圏内の平和は保たれそうです。

大きなことを成し遂げるには一人一人の小さな意識と行動の変化から。

世界は広すぎます…自分の足元をしっかりと見て自分の幸せを維持することをノルマにすることを提案します。

一体誰に?

この記事を目にした方に。

あっ、これがもうすでに余計なおせっかいですね…

クセは中々治りません(笑)

願いが叶っても叶わなくても最善

叶わない願いがある。

それは、まだその時期ではないのかもしれない…

もしくは魂の本当の願いではないのかもしれない…

そのどちらかだと思えたら、願いが叶っても叶わなくても自分にとっての最善の今を生きていることになる。

「自分で感じる心」と「よく分からない魂」との間でずれが生じることはきっとよくあることなのだと思う。

だから思い通りにいかないと思っていても、実は計画通りなのかもしれない…と思えると、全てうまくいっていることになる。

自分をよく知り、願いを叶える努力をしても叶わないことには、その経験から得たい別の何かがきっとある。

だから思い切り願ってもいいけれど、叶っても叶わなくてもきっと最善。

インターバルの効果

インターバルという言葉は運動などのトレーニングの分野でよく使用されると思います。

ある一定間隔をあけることでより効率的にトレーニングの効果をあげることが目的だと思います。

私はスポーツでなくても、何か物事と向き合う時にインターバルを意識することが、継続と成功につながると感じています。

いつもピアノばかりを例えにしてしまいますが、マスターしたい曲をコツコツ練習することは当たり前に大切です。

でも壁にぶち当たった時に意地になって練習し続けてもうまくいきません。

私の場合はですが、その曲を嫌いになる前に一旦その曲と距離を置きます。

ピアノを弾くことは辞めずに、他の曲たちを好きなように楽しく弾きます。

だいぶ間が空いた後に、またちょっと弾いてみようかな?と思って、以前は難しくて弾けなかった箇所を弾いてみると、あら不思議…さらっと弾けてしまったりすることがあります。

他のことも同じように、練習してもうまくいかない時には休むことって大切です。

出来ない理由は、そもそも練習不足だとか、練習方法が間違っているとか、自分のレベルと課題が合っていないとか色々ありますので、一概には言えません。

でも嫌いになってしまうような取り組み方や過度な緊張や力みや執着があるとうまくいきません。

インターバルをとることで、冷静さを取り戻して力みがなくなった時にするっとうまくいく…そんな経験から、「煮詰まった時は休む」を意識しています。

文字にすると当たり前のことなんですが、意外と「忘れる」とか「距離を置く」ということをうまく出来ない人(私も含めて)は多いのではないかと思います。

 

人間関係にもインターバルを取り入れたほうが長続きしますね。

 

亭主関白の時代の終わり

時代は令和…とっくの昔に亭主関白の時代など過ぎ去っていますので、個人的な家庭内の話ではないです。

個人の家庭では亭主関白などもう古い、男女が対等であるべきという考えは若い世代を中心に根付いていると思います。

(男女平等と男女対等は意味が違うと個人的には思っています。性別が違うのですから、適性や役割は違って当然で同じことをすることが平等なわけではないと思います)

ですが大きな組織や社会全体に視野を広げてみると、未だに亭主関白のもとに私たちはおかれていますね。

でも亭主関白でいられるのは、権力や権威があるから。

それが綻びを見せ始め、権力や権威に疑いの目を向けられ始めたら民衆は不安と怒りに包まれるようになるでしょう。

亭主関白が崩壊したら…どうやって生きていけばいいのか、何を信じればいいのか分からなくて混乱する時代に突入します。

信じる時代はある意味終わったと言えるかもしれない…。

信仰心は大切。

でも信じる対象を間違ったら命取り。

分からなくても本当のことを知ろうとすることでしか救いの道はない時代。

心のアンテナをピンと張って生きていきたい。

丸く尖る

丸く尖る…んっ?意味不明?

確かに丸く尖っている物は存在しないかもしれません。

「丸く尖る」というのは、私が外に向けて発信する時の姿勢のことです。

ジャッジしないし誰のことも批判しない姿勢を「丸い」と表現しています。

じゃあ「尖る」は?

それは自分の意見や信念を誰に忖度することもなくはっきりと言葉にすることです。

私は特定の何かや誰かを批判するような記事は一切書きません。

だから私の記事を読んで、怒ったりイライラしたり悲しんだりするような人が仮にいたとしても、それは私には全く関係がないし責任もありません。

完全に受け取る側の人間の問題です。

自分の問題を他人の問題にすり替えてしまう人はたくさんいます。

だからネット上でのトラブルというのもたくさん起こるのでしょう。

受け取る側の自分の問題として捉えられないのであれば、あまり他人の意見に触れないほうがいいと私は思っています。

私は楽しむためにブログを書いているのではありません。

自分の考えや思いを整理してアウトプットすることが目的です。

 

だから人からの評価や批判は必要ありません。

「丸く尖る」姿勢でこれからも変わらずにいきます。